お施餓鬼の由来

 寺院関係で夏の行事と言えば 施餓鬼会にお盆、そして、棚経である。
施餓鬼がない宗派もあるけど、盆と施餓鬼、棚経の三つが一緒にやって来るのである。
その中のお施餓鬼の話をします。
 そもそも施餓鬼に関しては誤解されていることが二つある。
 その一はお盆と一緒にされることである。夏を表現する言葉の一つとして、  「盆施餓鬼の季節だなあ」
 などとも言うが、「盆」と「施餓鬼」を一緒にしてはいけない
。 本来、盆と施餓鬼は別々の由来があり、異質なものなのである。
 その二の大誤解、それは施餓鬼の意味が今と昔では全く違っていることにある。いつ、誰の ために何の目的で行っているかである。この点については施餓鬼のルーツをひも解くことにし よう。

 ある日の夜のことでございます。お釈迦さまのお弟子さまの阿難尊者が大きな木の下で静か に瞑想にふけっていました。すると突然、生臭い異様な匂いが鼻をついたのでした。
「ヘヘヘヘヘッ」
 見ると、目がぎらぎら、釣り目で痩せ細り、腹だけ出っ張った餓鬼が阿難の目の前にいるで はありませんか。しかも、口の中では火が燃えています。
「おおおおっ」
 あわてふためいた阿難尊者に餓鬼はこう言います。
「お前は三日後、死ぬのだ。死んでおれと同じ餓鬼になり、苦しむのだ」
「どどど、どうすれば救われるのだ」
「助かりたいか?」
「もももも、もちろん」
「それなら教えてやろう。まず、全餓鬼たちに食べ物と飲み物を供養するのだ。それから僧 侶たちにもだ。そしておれのための供養も忘れるな。そうすれば、お前は長生きができ、仲間 の餓鬼たちもみな天上界に昇ることができるのだ」
 こう言い残して餓鬼は去っていった。戦々兢々とした阿難尊者はお釈迦さまの所へと救いと 教えを求めたのでした。
 するとお釈迦さまは『無量威徳自在光明殊勝陀羅尼』を説き、一つの器で無数の餓鬼を救う方 法などを伝授したのでした。

■施餓鬼会のポイント
 ま、若干脚色した表現あり、最後の部分に関しては省略してしまいましたが、ここでお施餓 鬼のポイントについて整理しましょう。まずは原典からです。
(その1・目的)
 施餓鬼会はすべての餓鬼(亡者)を救うのが目的である。
(その2・救い方)
 飲食を供養する功徳で餓鬼を救うことができる。
(その3・日程)
 修法する日にちは特定されていない。
 名前の通り、餓鬼に施す法会が施餓鬼会なのです。布施行の一種といえます。
 次に現代の施餓鬼会のポイントを整理しておこう。
(その1・目的)
 自分のご先祖さまの供養の法要。
(その2・救い方)
 施餓鬼に参加することや施餓鬼に用意された塔婆が先祖供養になる。
(その3・日程)
 多くの寺院は七月八月のお盆の時期に行われる。
 おっと、元の意味と全然、違ってるぞ。どうしてこうなったのかなあ。そこで、ちょっと、 歴史を探ってみよう。
 この法会を日本に伝えたのは空海です。しかし、この時、すでに「疫病延命」が目的でした。
確かに、 「餓鬼に供養して阿難尊者は延命することができた」
 という原典の話を汲み取るとるならば「疫病延命」は頷けます。そして、室町時代になりま すと様々な災難を避けるために行われるようになります。
 ところが、鎌倉時代になって盆も施餓鬼も「夏のご先祖さま供養」となって一体化し、ごち ゃ混ぜになってしまいます。だからといって、  「これでいいのか!」
 とぼくは言いたい。といって、今さら本来の意味の餓鬼供養にもどしようがない。この点はあ きらめよう。しかし、 「自分の先祖だけに手を合わせる」
「お坊さんに供養してもらって、今年の夏も一安心」
 という供養の気持は改めよう。そこで、今年の夏からの御施餓鬼の心得三箇条はこれだ。
(心得その1)
 すべての人のご先祖さまに手を合わせよう。
(心得その2)
 すべてのご先祖さまのおかげで今の私たちがあることに感謝しよう。
(心得その3)
 みんなで先祖供養という布施ができることに感謝しよう。
 宗派や地方によって施餓鬼の修法に違いはあるけれど、この三つの心でお施餓鬼に参加しよ う。  お坊さんに供養するというのも布施行なのです。忘れずに。