宝久寺新住職 森 信明

平成23年11月10日大本山妙心寺より、寳久寺住職に認可されました。

昭和34年9月27日 清水市入江に生まれる。(現在は静岡市清水区となる)
(9月27日生まれは 羽生善治―将棋棋士、小野伸二―清水エスパルス、朝青龍明徳―元大相撲横綱(68代)などがいる。)
入江小学校 (アニメのモデルとなった清水にある小学校 <ちびまるこちゃん> )
清水市立第八中学校(現 静岡市立清水第八中学校)
静岡県立清水東高校を経て、大学は工学部を卒業
(私は禅宗に意外と多い理系出身である。)

昭和57年3月30日 三島市 沢地にある龍澤寺専門道場に掛とう(修行寺の門をたたくこと)。
当時の住職 鈴木宗忠僧堂師家のもと禅宗僧としての指導を受ける。

写真
宗忠老師直筆 ”達磨図”
老師最後の墨蹟が2枚隠寮にあり、そうちの1枚がこの達磨である。

このときの同期(どうげ)は、沼津龍雲寺の村越英裕和尚である。

修行寺のことを僧堂といいます。そこでの修業は臨済宗の僧侶としての坐禅そして禅問答が中心ですが、それだけではなく、お掃除、畑しごと、食事作り、など生きていくうえでの生活がすべて自分を磨く修行となります。
この龍澤寺僧堂は、臨済宗中興の祖 白隠禅師和尚が建立した禅寺であり、由緒ある禅堂〝大疑堂〝を有しています。 しかし、各伽藍はいたみもあり、私が修行に入ったとき鈴木宗忠老師のもとで禅堂の改築 がおこなわれている最中でした。大きな工事でもあり、いろいろと大変でした。白隠和尚の栽えた松も切り、新禅堂の単淵に使用しました。(臨済録には、松が、修業の目標と記されている。禅宗と松はかかわりが深いのであります。)  めでたく、落慶し その祈念報恩接心(昭和57年6月)の機に廻りあいました。龍澤寺はもとより、法縁関係の人々があつまり大規模な坐禅会に加わることができました。その時の人々を思うと、今も熱い心が湧いてきます。

 1年間修行し学校に戻る。(研究室、仕事、etcを経て)
 3年後再び行脚をし龍澤寺にて、修行する。
  (”臨済録”のまねではないが、再度僧堂師家の下に戻る)
 平成23年11月10日 新住職となりました。PCなどをいじくることが好きである。また、禅のテーマである仏性とその上での現在宇宙論の接点を探している。白隠禅師の自叙伝に見性体験(坐禅中で得た悟り)に、”天地一体の自分を見つけられた。”と記されたいる。宋淵老師もまた、”宇宙全体の禅”を説かれていました。物理学の世界による数式で記述され明らかにされる宇宙もあります。それと同時に、坐禅によりひたすら、無に徹し坐り続けて、宇宙がわかることを、先人(特に禅宗系)は説いているのです。そのような理由から、私は禅の宇宙観と物理学でいう宇宙は”何者か”明確にしたいのであります。 (知りたいことがあれば、メールをここまで
 生活面では、薬水(アルコール飲料のこと)、それに伴う講釈、と程々に気をつけている。
 ”禅的な生活とは?”、といつも目標を持ち住職の任務遂行に邁進している。  [前のページへ戻る]