春彼岸に悟りの道の種まきをしましょう

■お彼岸とは修行のことです
お彼岸といえば「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉があります。しかし、南北に細長い日本列島では、全国一律このようにはいきません。地域によっては、
しんしんと 雪また雪の 春彼岸
蚊も蝉も 夏のごとくか 秋彼岸
などの現象が起きます。そして、春分の日、秋分の日になるとテレビでは「今日はお彼岸のお中日です。各地でお墓参りの風景が見られます」と必ず放映します。
お彼岸は春と秋の年に二回ありますが、どうも、お彼岸イコール「お墓参りの日」というイメージが定着しています。
もちろん、お彼岸にご先祖さまのお墓参りをすることは大切なことですが、そもそも彼岸とは「到彼岸」(とうひがん)の略のことです。「到彼岸」とは「彼岸に到る」ことです。 たとえば、目の前に川があるとしましょう。川の向こうには悟りの世界があります。
向こうの岸のことは「彼(か)の岸」ですから「彼岸」です。一方、今、私たちが立って いる所は迷いと苦しみの世界です。向こう岸ではなく此の岸のことですからこれを
此岸(しがん)といいます。また、「到彼岸」とは「波羅蜜多」(はらみった)のことで、古代インドの言葉 の「パーラミター」が語源です。波羅蜜多とは菩薩が衆生を仏の世界へ導く基本的
な実行徳目のことです。要するに、此岸と彼岸の間に流れる川の渡り方、悟る方法が波羅蜜多なのです。
「みんなで仏さまの世界に行こう」「みんなでこの世を仏さまの世界にしよう」というのが彼岸の元々の意味です。その仏国土の具体的実現徳目として有名なものが
六波羅蜜です。現代風に訳してみましょう。
(布施)
「欲しい、欲しい」とおねだりするのはやめましょう。お互いに物や心のプレゼント交換をしましょう。 
(持戒)
「自分だけはいい」と勝手に行動せず、ルールを守りましょう。
(忍辱)
「どうせ、だめさ」とあきらめたり、ふてくさるのはやめて、我慢してチャンスを待ちましょう。
(精進)
「早く」「すぐに」と結果を欲しがらず、一歩一歩、努力しましょう。
(禅定)
「ああでもないけど、こうでもない」と心をフラフラさせず、心を一つに集中させましょう。
(智慧)
あるがままを素直に受け入れ、真理を知り、実践していきましょう。
彼岸は春分、秋分の前後各三日間の合計七日間を彼岸といいます。古くは読経や
写経などの一週間の仏道修行の期間でした。江戸時代になって庶民化すると、お墓
参りとして定着していきます。現代も多くの人は彼岸中にお墓参りをしますが、だ
いたいお中日までに一度、訪れて終了してしまいます。お彼岸は一週間に意味があ
るのです。そこで、提案です。お彼岸に一週間の修行というのはどうでしょうか。
例えば次のようなことです。
一週間、お墓参りをする。
一週間、写経をする。
一週間、仏壇にお経をあげる。
一週間、菩提寺の和尚さんにお経を習う。
一週間、仏教書を読む。
もちろん、仏事でなくてもかまいません。
一週間、玄関の掃き掃除。
一週間、トイレ掃除。
一週間、風呂掃除
一週間、窓掃除。
一週間、庭掃除。
など、小さな修行をして心を磨いてみましょう。「三日坊主」ではなく「一週間坊
主」かもしれませんが、こうした心と体と実行の積み重ねが六波羅蜜の修行に通じ
ていきます。
「忘れたらどうするの?」
“暑さ寒さも彼岸まで”お彼岸は年に二回やってきます。この世が彼岸になるよ
うに、また自分が彼岸に渡れるように願い、お彼岸ごとに再出発していきましょう。
お彼岸を洗心の一週間にしてみましょう。
春彼岸 悟りの道に 種をまく
お互いに精進していきましょう。